​ABOUT

Biography

マルチメディアアーティストの倉持伊吹は、パフォーマンス作品を中心に絵画、映像、

デジタル作品等を手掛ける。

2011年頃より海外、国内問わず作品を発表。

2016年頃より大野舞踏研究所にて大野慶人に師事。

数おける音楽家との即興ライブパフォーマンスの中から培われた即興性や無意識を

身体知としてペインティングに投げ込む。

 

    舞踏の振り付けにおける詩的身体性、解剖学における人間の身体への追求を作品を通して行う。

パフォーマンスと身体、踊りと動きを平面作品・映像作品として視覚化する。

 

肉体、霊性、子宮、SFアニメのキャラクターの硬質な身体性やフェティシズムを内臓感覚、

芸術家としての身体とともに探究する。

2019年よりアメリカアーティストビザ取得、ロサンゼルスに拠点を移す。

 

Artist  Statement


 

“私は夜気持ちよく眠れた経験がすくなく、どちらかというと悪夢をしばしば見ます。

起きた後もよく覚えていて、たまにメモにとってみたりしますが奇妙で、暴力的でおかしな映画のようなものがほとんどです。

これらの毎日夜な夜な見る映像体験が必然的に作品のエッセンスとなっている可能性はあります。

そして私の夢体験は、フロイトの”エス”が剥き出しになり、

そのまま作用しているような感覚があります。

(エス)とは、人間の精神機能を説明する言葉の一つであり、

本能的な欲求や生理的衝動のことを指す。)

映像を制作している際はより意識的に自らの”エス”を探り当てて出力し、

絵画の場合は無意識に泳ぐような感覚で自らの”エス”を出力しているような感覚が強いと思います。

これらの無意識、意識的に抽出された”エス”は一貫して身体性を持っています。

ビデオ作品はIdの出力を身体的に、絵画作品はエスの出力をの脳的に表していると言えるのかもしれません。

 

また日常生活において、様々な部分に身体性が存在しています。

いつもあなたが座る椅子、身体を包む衣服、スマートフォンの中のSNSの世界の中、夜疲れて入る浴槽の中など。

意識すればするほど、世の中は身体性を中心として構成されているとわかります。

 

そして90年代の日本のアニメカルチャーの中で子供時代育ってきたので、

アニメの人間の身体性などもインスピレーションとして受け取ります。

私が小さい頃にドローイングしていた絵のほとんどは、セーラームーンなどのアニメの女性像でした。

これらの二次元の身体は人間離れした外観、耐久性があり、衰えず、非常に硬質で、男子女性の区別があまり存在しません。

両性具有や男性性、女性性などのセクシュアリティを行き交うようなもの、変容性、融解性、互換性などを孕んだエロティシズム。

またフェティシズムの中の呪術的要素、執着性などは身体に対しての欲望の引き伸ばしのようなものであり、時として物が身体の代替品になったりします。

そしてそれらのフェティシズム/エロティシズムの側を生と死が行ったり来たりする。

例えば精神と身体とが皮膜の間を行き交うとか、身体から精神が抜け出て物質化する身体など。”