​ABOUT

Biography

アーティストの倉持伊吹は、パフォーマンス作品を中心に絵画、メディア作品等を手掛ける。

2012年頃より海外、国内問わず作品を発表。

2016年頃より大野舞踏研究所にて大野慶人に師事。

数おける音楽家との即興ライブパフォーマンスの中から培われた即興性や無意識を

身体知としてペインティングに投げ込む。

 

    舞踏の振り付けにおける詩的身体性、解剖学における人間の身体への追求を作品を通して行う。

パフォーマンスと身体、踊りと動きを平面作品・映像作品として視覚化する。

身体性と性、フェティシズムを内臓感覚、芸術家としての身体とともに探究する。

2019年よりアメリカアーティストビザ取得、ロサンゼルスに拠点を移す。

 
 


Artist  Statement

 

身体性は私のアートのテーマの重要なポイントです。

私の作品は、ビデオ作品、パフォーマンス、絵画作品など、さまざまなメディアに存在しています。

身体はすべての人間が所有していますが、それは人によって異なります。

解剖学者の養老孟氏によると「自分の体ほど個人的なものはありません」。

 それぞれの身体は、それぞれの個人から生まれ、所有されており、完全にオリジナルです。

 

また私は夜気持ちよく眠れた経験がすくなく、どちらかというと悪夢をよく見ます。

それは暴力的でおかしな映画のようなものがほとんどです。

これらの毎日夜な夜な見る映像体験が必然的に作品のエッセンスとなっている可能性があります。

私の夢体験は、フロイトの”エス”が剥き出しになり、そのまま作用しているような感覚があります。

(エス)とは、人間の精神機能を説明する言葉の一つであり、本能的な欲求や生理的衝動のことを指す。)

映像を制作している際はより意識的に自らの”エス”を探り当てて出力し、

絵画の場合は無意識に泳ぐような感覚で自らの”エス”を出力しているような感覚が強いと思います。

これらの無意識、意識的に抽出された”エス”は一貫して身体性を持っています。

ビデオ作品はIdの出力を身体的に、絵画作品はエスの出力をの脳的に表していると言えるのかもしれません。

 

両性具有や男性性、女性性などのセクシュアリティを行き交うようなもの、変容性、融解性、互換性などを孕んだエロティシズム。

またフェティシズムの中の呪術的要素、執着性などは身体に対しての欲望の引き伸ばしのようなものであり、時として物が身体の代替品になったりします。

そしてそれらのフェティシズム/エロティシズムの側を生と死が行ったり来たりする。

例えば精神と身体とが皮膜の間を行き交うとか、身体から精神が抜け出て物質化する身体など。

 

現在すべての人間関係は現在、インターネットを介して仮想世界に集中しています。

人々の考え、発言、人生は私たちのビジョンに現れ、写真、映画、手紙になり、巨大なタイムラインになります。

私の作品は、現在の仮想世界における肉体の忘却からの脱却、身体への目覚めを喚起するものです。